新規事業を成功に導く「数字で語る新規事業」

はじめに

新規事業の立ち上げにおいて、「やりたい」「面白そうだ」といった熱意だけでは、特に社内での推進や経営層の承認を得ることは困難です。法人組織においては、より合理的な経営判断が必要とされるため、新規事業を前進させるためには、数値に基づいた明確なストーリーで語ることが不可欠となります。

本レポートでは、新規事業を体系的に進めるフレームワーク「フィットジャーニー」の考え方を基礎としつつ、プロジェクトを具体的な数値で裏付け、成功へと導くための市場規模の算出方法(TAM/SAM/SOM)と、予測PL(損益計算書)作成における重要ポイントについて、All Bridge株式会社 代表取締役の水谷真人による講演内容を基にご紹介します。

数字で語る新規事業:なぜ数値化が必要なのか

新規事業における数値化は、単なる報告のための作業ではありません。その目的は、社内での共通認識の構築客観的な判断、そして学習の蓄積(KPIに対する達成度の分析と改善)にあります。

「フィットジャーニー」では、新規事業を段階的な検証を重ねながら前進させることを重視しています。特に社内の新規事業においては、会社の方向性と新規事業の方向性を一致させるPhase 0 (MSF: Mission-Strategy Fit)や、優位性を築ける市場を特定し、事業のストーリーを描くPhase 1 (SCF: Solution-Channel Fit)が重要視されます。これらの初期フェーズから、数値的な裏付けをもって事業の実現可能性を示していく必要があります。

フェーズに応じて精度を高める市場規模(TAM/SAM/SOM)の求め方

新規事業のポテンシャルを示すために、TAM(獲得可能な最大市場規模)、SAM(サービス提供可能な市場規模)、SOM(短期的に獲得可能な市場規模)を明確にすることが求められます。

ここで最も重要なのは、数値の根拠を明確にすることです。例えば、TAMが「6.5兆円」であると示すだけでなく、「どのように算出したか」というロジックを併せて提示しなければ、経営層やステークホルダーからの納得を得ることはできません。

市場規模の算出方法としては、レポートなどの既存データから全体像を把握する「トップダウン形式」と、顧客数と単価から積み上げる「ボトムアップ形式」があり、この両者を組み合わせることで精度を高めることが推奨されます。

また、初期のアイデア段階では荒い数値でも許容されますが、検証が進むフェーズ(CPF: Customer-Product Fit以降)においては、徐々に数値を洗練させていく視点が不可欠です。

市場規模は固定的なものではなく、外部環境の変化や自社の戦略・体制の変更、または検証の結果(ヒアリングなど)によって定期的に見直し、アップデートしていくスタンスが大切です。

予測PL作成における5つの重要ポイント

市場規模の算出と並行して、事業の持続可能性を評価するために予測PL(損益計算書)を作成します。新規事業の場合、まずは事業単体での利益創出能力を把握するため、営業利益までを求めることが有効です。期間については、プロジェクトの投資規模に応じて3年目、5年目、あるいは10年目までを見据えます。

講演では、予測PLを作成する際の5つの重要ポイントが共有されました。

  1. ビジネスモデルとの整合性: PLは、収益源(右側)とコスト構造(左側)を示すビジネスモデルキャンバスと整合性が取れているかを確認します。
  2. コスト構造の精査: 外注項目や設備投資に対し、既存の社内リソースやケイパビリティを活用することでコスト削減ができないか、シビアに検討します。
  3. 拡大のドライバー(販管費): 売上を拡大させるための投資(広告費、人員採用など)が販管費に適切に反映され、売上予測と関連付けられているかを確認します。
  4. 継続的な精度向上とKPI連携: PLは常にアップデートし、設定したKPI(重要業績評価指標)と連動させて検証・改善のサイクルを回します。
  5. TAM/SAM/SOMとPLの整合性: 最も重要な視点として、SOM(短期的に獲得可能な市場規模)と予測PLの売上数値がロジックをもって一致していることを確認します。

この5つ目のポイント、市場規模とPLの整合性こそが、数値でストーリーを語るための核となります。整合性を取ることで、売上達成に向けた具体的なタスクやリソース配分(「1年目は○○に投資し、3年目までにこの人材をアサインする」など)が明確になり、実行力が向上します。

最後に、新規事業の検討において常に立ち返るべき問いとして、「美味しいか?(市場魅力度)」「勝てるか?(競争優位性)」「できるか?(実現可能性)」の3つの視点を持ち続けることが強調されました。

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