顧客の”不”から始める新規事業アイデアの見つけ方

はじめに|アイデアを生み出すのはセンスではない

「新しい事業のアイデアが思いつかない」――新規事業に関わる多くの担当者が、必ず一度は直面する壁です。けれども、安心してください。アイデア創出は一部の才能ある人だけに許された特別な能力ではありません。むしろ、誰でも再現可能な「考え方」や「視点の持ち方」によって、着実に鍛えていくことができる力です。
私たちAll Bridgeでは、企業内で新しい価値を生み出す“社内起業家”を支援する中で、再現性のある方法論を体系化してきました。その中で特に効果的だったのが、「顧客の“困りごと(不)”を起点にする」アプローチです。
本記事では、その考え方と実践ステップについて、具体的な事例を交えながらご紹介します。
1. アイデアは“センス”ではない
「アイデア=才能」と思い込んでいる人は少なくありません。ですが、私たちは明確に伝えたいと思います。
アイデアは、“問い”に気づける感性と、仮説を検証する姿勢があれば、誰でも生み出せる。
創造的なアイデアというと「直感」や「ひらめき」が強調されがちですが、実際には「問いの設定」や「観察力」「仮説の立て方」によって精度の高いアイデアは生まれていきます。多くの場合、アイデアが出ないのではなく、「出そうとする出発点」がずれているのです。
2. 一つの出発点:「顧客の不を見つける」
私たちが提案するアプローチのひとつは、“不(不安・不便・不満)”の観察から始めるということです。

たとえば、以下のような声や行動に注目してみてください。
- 手続きが面倒で時間がかかる
- サービスが複雑で理解できない
- 相談したいけど誰に言えばいいか分からない
- 他社の方が良さそうだけど、乗り換えるのも不安
こうした“困りごと”は、日常に埋もれてはいるものの、放置され続けているもの。そこには、新しい価値の余白が広がっています。顧客自身が気づいていないことも多く、そこにこそ事業機会が眠っています。
3. そもそも「アイデア」とは何か?
「アイデア」とは、ゼロから何かを創造する魔法ではありません。よく引用される言葉に「アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせである(ジェームズ・W・ヤング)」というものがあります。
つまり、「誰かの困っている状況」と「自分たちが持っている資源・技術・視点」の交差点にこそ、アイデアの芽があるのです。
4. 顧客の「不」がなぜ重要なのか?
ビジネスの基本は、誰かの課題を解決し、その対価を得ることにあります。その課題にこそ、存在意義がある。
特に新規事業では、「既に存在する課題」よりも、「まだ言語化されていない違和感」や「本当は気づいてほしい感情」に注目する必要があります。
● “困っているのに誰も助けてくれない
● “言いたいけど言えない”
● “何かしっくりこない”
こうした「不」を捉えられるかどうかが、競合と差別化された価値を創り出せるかの分かれ目です。
5. 「不」とは何か? ── 3つの視点
「不」は大きく次の3つのカテゴリに分けて捉えると、発見しやすくなります。

- 不便:手間がかかる、移動が面倒、準備が大変など。効率や操作性に関わる“面倒くささ”
- 不安:失敗しそう、誰にも相談できない、情報が足りないなど。心理的負担や孤独感に起因
- 不満:期待外れ、納得できない、扱いが悪いなど。サービス体験の中での“ズレ”
この3分類を活用し、顧客の行動・感情を読み解くことが、アイデア発見の第一歩です。
6. 表面的な「不」ではなく、奥にある“構造”や“感情”を深掘りする
「時間がない」「わかりづらい」といった声の奥には、必ず何かしらの構造的な原因や感情が存在しています。
たとえば「時間がない」の奥には、
- 選択肢が多すぎて決められない(意思決定の難しさ)
- 優先順位がつけられない(情報設計の不備)
- システムが煩雑で手間がかかる(設計ミス)
というように、多層的な問題が潜んでいます。
表面ではなく、“なぜ?”を繰り返す姿勢が、真の課題発見に不可欠です。
7. 「不」を見つける手段:観察とインタビュー
「不」は顧客自身が言語化していないケースも多く、アンケートでは見つかりません。そこで有効なのが以下の3つです:

- 観察:顧客の行動・動線・所作をじっくり観る。日常業務や生活の現場にこそヒントがある
- インタビュー:困った経験やモヤモヤを、自由に語ってもらう。インタビュイーの発言だけでなく、感情の揺れや沈黙も重要なシグナル
- 共感マップ:顧客の体験を「見る・聞く・考える・感じる」の4象限で整理する
観察と傾聴を組み合わせることで、“言葉にならない不”を可視化することが可能になります。
8. 顧客の“声にならない声”を拾うには
顧客は常に自分の課題を言語化しているわけではありません。実際には、課題や不満に「気づいていない」「言語化できない」「伝えづらい」といったケースも多く、そこにこそ新しい価値のタネが潜んでいます。
こうした“声にならない声”を拾うためには、以下のようなアプローチが有効です。
🔍 サイレントボイスを拾う3つの工夫
アプローチ | 内容 |
---|---|
非言語情報に注目する | 表情・動作・間(ま)などの“感情のにじみ”を見る |
行動ログを分析する | 実際の行動データや操作ログをもとに“詰まり”を特定 |
代替行動に注目する | 顧客が自分で工夫している“裏ワザ”はニーズの証拠 |
例えば、現場で「手書きのチェックリスト」を作っている社員がいれば、それは既存のシステムがニーズを満たしていないサインかもしれません。
9. 「不」からアイデアへ──4つのステップ
顧客の「不」が見つかったら、それを事業アイデアに変換していくプロセスが必要です。

✔ ステップ1:誰の課題か?を明確にする
- 属性、役割、価値観、環境などを具体化
- 例:「小学生の子どもを持つ共働き家庭」「夜勤明けで生活リズムが崩れがちな介護士」など
✔ ステップ2:“不”の仮説を立てる
- 日常の文脈でどんな「困りごと」があるかを想像する
- 例:「お弁当の準備が面倒」「相談できる人が近くにいない」
✔ ステップ3:現場で聴く・見る・感じる
- インタビュー・観察・共感マップ等で仮説を検証
- 発言だけでなく、トーンや行動にも着目
✔ ステップ4:“問い”に変換する
- 課題に「なぜそれが起きているのか?」「その奥にある不安は?」と掘り下げて問いを立てる
- 例:「なぜ人に頼れないのか?」「どうすれば安心してサポートを受けられるか?」
この「問い」こそが、事業コンセプトの出発点になります。
10. 成功事例:富士通「Ontenna」に学ぶ“感情起点”のアイデア創出
「Ontenna」は、聴覚障がい者が音を“感じる”ためのデバイス。音の強弱を振動として伝えることで、会話や生活音の存在を知覚できるようにした革新的な商品です。
開発のきっかけは、「音が聞こえないこと」そのものではなく、
● 「料理中にタイマーの音が聞こえない」 ● 「駅のアナウンスが分からず、置いていかれる」
といった“日常の不安・孤立感”への共感からでした。
感情に寄り添い、共に課題を感じることができたからこそ生まれた好事例だと言えます。
11. CPF(Customer Problem Fit)との繋がり
私たちAll Bridgeでは、事業検討フェーズにおいて「CPF(Customer Problem Fit)」の精度を高めることを最も重要視しています。CPFとは、「顧客の課題と向き合い、その課題が本当に存在し、深く共感できるものかどうか」を見極めるプロセスです。

CPFを確認する3つの問い
- 顧客は本当にその課題を抱えているか?(現実性)
- 顧客はその課題を深く“痛み”として感じているか?(感情性)
- その課題に解決策を求めているか?(意欲性)
これらがそろってはじめて、“価値ある問い”に取り組む土壌ができていると言えます。
12. 顧客課題の“温度感”を見極めるとは
顧客の課題はすべてが「即解決すべき」わけではありません。中には「大事だけど後回しにされている課題」もあります。だからこそ、課題の“温度感(=解決への切迫度)”を見極めることが重要です。

温度感を見極める3つの視点
観点 | 確認ポイント |
---|---|
頻度 | その“困りごと”はどれくらいの頻度で発生しているか? |
影響度 | その“困りごと”が業務や生活にどれほど影響しているか? |
感情の強さ | 顧客がその課題に対してどれほどイライラ・不安・怒りを感じているか? |
例:
- 「毎日5分余計にかかるが、苦になっていない」→温度感は低
- 「たまにしか起きないが、起きると致命的」→温度感は高
この温度感を見誤ると、「あるけど刺さらない」アイデアになってしまうリスクがあります。
13. 「事業化すべき問い」の見極め方
課題を「問い」に変換したとしても、すべてが事業に適しているとは限りません。事業化すべき問いには、一定の条件が必要です。
✔ 事業化に適した“問い”の特徴
- 共通性がある:複数の顧客が同じように困っている
- 支払い意欲がある:その課題に対して、お金や時間を投じる覚悟がある
- 構造的である:一時的な現象ではなく、仕組みや制度の中に起因している

例:問いの見極めフレーム
問い | 事業化の可能性 |
「育休復帰後のリズムがつかめない」 | 高:継続的で、支援意欲も高い |
「Web会議でカメラ映りが気になる」 | 低〜中:一時的・代替手段が豊富 |
このように、“問いの重さ・深さ・拡がり”を丁寧に評価することが、事業検証における肝になります。
14. まとめ:新規事業とは、「誰の、どんな問いに、なぜ応えたいか」を問う営み
私たちが支援する企業の多くが、最初に抱える悩みは「良いアイデアが浮かばない」というものです。しかし実は、
アイデアは“探す”ものではなく、“育てる”もの。
そしてその起点は、誰かの「不」への共感です。
本記事で紹介したように、
- “不”を丁寧に捉えること
- 感情や構造を深掘りすること
- 「問い」に変換し、温度感を見極めること
これらを繰り返す中で、はじめて「意味あるアイデア」は姿を表します。
All Bridgeでは、このような問いの探究から始まる新規事業支援を、数多くの企業と共に進めてきました。
もし、まだ言語化できていない「問い」があるなら。ぜひ、その最初の一歩をご一緒できれば嬉しく思います。