新規事業の評価基準|既存事業の物差しで測ると止まる理由と設計

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新規事業の評価基準は、売上・利益・ROI(投資利益率)といった既存事業の物差しをそのまま当てるのではなく、フェーズごとに「何をもって進んだとするか」を経営会議で先に決めておくと機能します。答えがまだ分からない段階の事業を達成率で測ると、正しい方向転換や撤退までが「未達」に見え、挑戦する人ほど不利になるためです。

この記事は新規事業制度を決める立場の方向けです。技術や人材はあるのに新規事業が育たないと感じている取締役、新規事業推進室長、人事部長の方に向けて、評価の物差しを既存事業と分ける理由と、決裁者が決めておくべき項目を整理します。

本記事は、連載「新規事業が止まる9つの構造」の3回目です。連載では、新規事業が止まる原因を、①何を目指すか決まっていない、②経営の本気と現場がずれる、③既存事業の物差しで評価する、④優秀な人が来ない・兼務で回らない、⑤既存事業部が協力しない、⑥承認・調整で力尽きる、⑦型が無く個人任せ、⑧顧客を確かめずに作る、⑨関門が事業化につながらない、の9つの構造に分けて扱っています。いずれも担当者の努力不足ではなく、制度や進め方の側で手当てできるものです。今回は③「既存事業の物差しで評価する」を取り上げます。

新規事業の評価基準とは|事業の評価と人の評価を分けて考える

新規事業の評価基準という言葉は、実は二つの意味で使われています。一つは事業そのものを続けるか、次の予算を出すかを決める基準、もう一つは担当する人を評価する基準です。まず二つを分け、既存事業の基準と何が違うのかを確認します。

評価基準は「事業の評価」と「人の評価」の二層でできている

事業の評価とは、案件ごとに「続けるか、方向を変えるか、やめるか」と「次にいくら出すか」を決めるための基準です。投資判断やステージゲート(段階ごとに審査して次の投資を決める仕組み)の基準がこれにあたります。

人の評価とは、新規事業を担う人の働きを、処遇や昇格に結びつけるための基準です。多くの会社では、こちらは人事部が全社共通の制度で運用しています。

二つは別の物差しでありながら、強くつながっています。事業の評価が「売上が出たか」だけなら、人の評価も自然と売上に寄ります。逆に、事業の評価で方向転換を認めていても、人の評価で未達として扱えば、担当者は方向転換を避けるようになります。決裁者が見るべきなのは、二つの物差しが同じ方向を向いているかどうかです。

既存事業の評価基準との違い

既存事業の評価は、目標を年度初めに置き、期末に達成率で測る形が基本です。市場や業務の流れが安定しているため、達成率がそのまま実力を映します。新規事業では、その目標自体が確かめる対象になる点が大きく違います。

比べる点既存事業の物差し新規事業で必要な物差し
前提市場・顧客・売り方は分かっている顧客も課題も売り方も仮説の段階
主に見るもの売上・利益・ROI・目標達成率仮説がどこまで確かめられたか
見る周期半期・年度月次〜四半期
方向転換・撤退計画からの逸脱・未達確かめた結果としての判断
評価する人直属の上司事業の不確実さを理解した人を含める

この違いは、新規事業を甘く扱うためのものではありません。答えが分かっていない段階の事業を、答えが分かっている事業と同じ尺度で測ると、優れた探索と単なる停滞を見分けられなくなるからです。新規事業と既存事業の違いそのものは新規事業とは|定義・既存事業との違いと進め方を5フェーズで解説でも整理しています。

既存事業の物差しで測ると止まる理由

既存事業の物差しを当てると、新規事業はなぜ止まるのでしょうか。理由を言葉にしておかないと、指標だけを差し替えても同じ問題が形を変えて戻ってきます。ここでは三つの理由と、評価制度の側に残る課題を確認します。

目標そのものが確かめる対象になる

新規事業では、顧客も市場もまだ仮説です。確かめていく中で前提が覆るのは、失敗ではなく探索が機能している証拠です。「想定した顧客は困っていなかった」「その価格では買われなかった」という発見は、むだな投資を防いだ成果といえます。

ところが年度初めに固定した目標に照らすと、こうした発見はすべて未達として処理されます。担当者は目標の修正を避け、確実に届く小さな範囲へ探索を狭めていきます。物差しが、正しい判断を罰する形になってしまうのです。

行動と成果の距離が遠く、評価が印象に流れる

既存事業では、訪問を増やせば商談が増え、商談が増えれば受注が増えるという道筋が組織に共有されています。新規事業ではこの道筋がまだありません。正しい行動をとっても、成果として数字に出るまでに長い時間がかかります。

道筋が見えない状態で成果だけを見れば、評価は評価者の印象に流されます。担当者は社内向けの説明資料づくりに時間を使うようになり、本来は顧客に会って確かめるべき時間が削られていきます。

方向転換や撤退が「失敗」として残る

見込みの薄い案件を早くやめる判断は、限られた予算と人を次の案件へ移す大切な貢献です。しかし撤退が減点として扱われる会社では、担当者は望みの薄い案件を延命させる方向に動きます。結果として、やめるべき案件ほど長く残ります。

後で紹介する公開事例でも、新規事業の担当者から「失敗の確率が高いがゆえに、その挑戦が評価では重視されにくい」という声が挙がっていました。挑戦を求めるメッセージと評価の物差しが食い違うと、新規事業は個人の熱意に頼るものになっていきます。

評価制度の食い違いは、担当者の側からは直せない

新規事業の担当者が組織の課題として挙げやすいものの一つが、新規事業に合わない人事評価制度です。挑戦を求められながら、評価は既存事業と同じ物差しで行われる。この食い違いは、担当者がどれほど工夫しても、担当者の側からは直せません。

成果だけでなく、学ぶ力や進め方を重視して人を評価している会社は、まだ多くありません。撤退の条件を明文化している会社も同様です。人事部と現場が、新規事業の人事評価が既存事業と同じ期待値や尺度になっていないかを、すり合わせて確かめる必要があります。

フェーズ別の評価基準|何をもって「進んだ」とするか

物差しを既存事業と分けるといっても、売上や利益を見ないわけではありません。大切なのは、フェーズごとに問う中身を変え、その時点で見るべきでない物差しを持ち込まないことです。ここでは段階ごとに「進んだ」とみなす証拠を整理します。

フェーズごとの評価基準の例

以下は、段階ごとの評価基準を一枚にまとめた例です。段階の分け方は会社によって異なるため、自社の段階に合わせて置き換えてください。

フェーズ主に問うこと「進んだ」とみなす証拠の例この段階では使わない物差し
探索解く価値のある課題はどれか課題の仮説と、話を聞いた顧客の数と記録売上・利益・ROI
課題検証その課題は本当にあるか複数の顧客で同じ困りごとと今の対処が確かめられた売上・市場シェア
解決策・事業性の検証買う理由があり、事業として成り立つか有料の試用や購入の条件が見え、収益の見立てが立った単年度の黒字
拡大再現性のある収益になるか売上・利益・顧客獲得費用などが計画に沿って伸びている(既存事業に近い物差しへ移る)

新規事業の評価指標としてよく挙がる収益性・市場性・競争力・自社とのシナジーといった評価指標も、この表のどこで使うかを決めておくと扱いやすくなります。たとえば市場性や自社の強みとの合い方はテーマを選ぶ探索の段階から見られますが、収益性を合否の基準にするのは事業性の検証以降が適切です。段階ごとの指標の置き方はKPI設定の実践ガイド|新規事業で運用されるKPI設計で詳しく解説しています。

拡大期に入ったら既存事業の物差しへ移す

フェーズ別の評価は、いつまでも学びだけを評価し続けるものではありません。拡大期に入った事業は、売上・利益を主な物差しとし、既存事業に近い管理へ移していきます。ここで切り替えが遅れると、事業として自立しないまま予算を使い続けることになります。

反対に、探索期の案件に拡大期の物差しを当てると、どの案件も未達に見えます。問題は売上や利益という指標そのものではなく、それを当てる時期を誤ることにあります。

フェーズの移行条件を先に決める

運用の要は、次の段階へ移る条件をあらかじめ書いておくことです。どうなったら課題検証を終えたとみなすのかが曖昧だと、物差しの切り替えが遅れたり早すぎたりします。まだ確かめるべき事業に早く収益を求めてしまうのは、多くの場合この曖昧さが原因です。

段階の定義と移行条件は、経営と現場の共通言語にもなります。いまこの案件がどの段階にあるかを双方が同じ理解で話せれば、報告の場での認識のずれが減り、判断も速くなります。段階の分け方と各段階で残す成果物は新規事業のフェーズとは|4段階のプロセスと各段階で残す成果物にまとめています。

人の評価|結果ではなく検証の量・学びの質・判断の妥当性

事業の物差しを段階で分けたら、次は人の評価をそれに合わせます。事業の評価で方向転換を認めていても、人の評価が売上の達成率のままでは、担当者の行動は変わりません。ここでは何を評価し、どう測るかを整理します。

評価する3つの対象

探索の段階で問うべきは、限られた予算と時間をどれだけ質の高い問いに使い、そこから何を学んだかです。評価の対象は、次の三つに整理できます。

  • 検証の量:立てた仮説の数、顧客と話した数、実施した検証の回数
  • 学びの質:確かめた結果、何が分かり、事業の不確かさがどれだけ減ったか
  • 判断の妥当性:続ける・方向を変える・やめるの判断が、得られた事実に照らして適切だったか

見落とされやすいのは三つ目です。成果が出なかったという事実と、その過程で下した判断の質は分けて扱います。学びを評価するには、検証の結果と解釈を短い形式で記録に残す運用を制度に組み込んでおくと、評価の根拠が担当者の記憶に頼らなくなります。

定量で捉える部分と、対話で確かめる部分

検証の回数や顧客と話した数などの行動量は、数字で把握できます。探索が動いているかを外から確かめられる数少ない手がかりです。ただし行動量を目標にすると、件数を稼ぐことが目的になる副作用が出ます。数字は評価の入口として扱い、単独で処遇に結びつけない設計が現実的です。

学びの深さや判断の妥当性は、対話で確かめます。何を確かめ、何が分かり、その結果として次に何を変えたのかを、担当者自身の言葉で説明してもらう場を評価の一部にします。この場は評価であると同時に事業の判断の場でもあるため、評価する側に事業の不確かさを理解した人を入れておくことが前提になります。

撤退の判断を減点にしない

撤退を評価の対象に含めるかどうかで、制度の性格は大きく変わります。事前に決めた条件に沿って早くやめた判断は、予算が少ないうちに分かった成果として扱います。こうしておくと、担当者は悪い結果を早く報告できるようになります。

そのためには、撤退の条件を案件の開始時に決めておく必要があります。条件の決め方と記入例は新規事業の撤退基準の作り方|4つの手順と1枚にまとめる記入例で解説しています。

決裁者が決めること|経営会議で合意する5つの項目

ここまでの物差しを、推進室や人事部の工夫に任せると、全社の制度とぶつかったところで止まります。新規事業の評価基準は、事業の評価と人の評価の両方にまたがるため、経営会議で決めることが決裁者の役割になります。

評価基準を現場任せにしない理由

事業の評価は推進室や事業部、人の評価は人事部というように、二つの物差しの持ち主は社内で分かれています。それぞれが自分の持ち場だけで基準を変えても、もう一方が既存事業の物差しのままなら、担当者には矛盾した合図が届きます。

新規事業の担当者は挑戦を評価する人事評価制度を求める一方、人事部は人材の採用をより重く見る、というように、両者が重視する点はずれやすいものです。部門をまたいで物差しをそろえられるのは、経営会議の場です。

経営会議で決める5つの項目

経営会議では、次の5つを一枚にまとめて合意しておくと、評価の運用がぶれにくくなります。

  • フェーズの定義と、次の段階へ移る条件
  • 各フェーズで「進んだ」とみなす証拠と、その段階で使わない物差し
  • 評価する周期と場(月次の検討会、四半期の投資判断など)と、評価する人
  • 撤退・方向転換の扱い(事前の条件に沿った撤退は減点しない、など)
  • 人の評価との接続(等級や報酬の枠組みは全社共通のまま、評価の基準と周期だけを別立てにする、など)

一つ目から三つ目は事業の評価、四つ目と五つ目は人の評価にかかわります。両方を同じ紙に書くことで、二つの物差しが同じ方向を向いているかを確かめられます。段階ごとの投資判断の基準は新規事業の投資判断|フェーズ別の評価基準と撤退条件の決め方、段階ごとの審査の仕組みはステージゲート法とは|新規事業の投資判断を段階で管理する仕組みと基準で解説しています。

事例:評価基準とステージゲートを一冊にまとめ、判断の拠りどころにした取り組み

All Bridgeが伴走支援を行った味の素株式会社 バイオ&ファインケミカル事業本部様の事例では、社内新規事業の進め方を「プレイブック」としてまとめました。評価基準やステージゲートの仕組みを一冊にそろえ、ステージゲートは進捗報告や意思決定の基準共有に使われています。

取り組みを立ち上げた髙木様は、その変化を「責任者がその場で考え・決裁するのではなく、プレイブックを参照して判断できるようになった」と振り返っています。物差しを先に書いて共有することで、判断が個人の経験に頼らず、一貫した基準で行えるようになった一つの形といえます。

評価制度を形骸化させない運用

評価の物差しは、設計の出来よりも運用の質で成果が分かれます。整った制度をつくっても、年に一度の手続きとして処理されるだけでは、探索の速さには何も貢献しません。運用で押さえる点は三つあります。

一つ目は、評価の周期を事業の速さに合わせることです。既存事業は半期や年度で成果を測りますが、探索では週や月の単位で学びが積み上がります。月次または四半期の振り返りの場を制度として定着させることで、方向を直す機会が生まれます。

二つ目は、評価の結果を意思決定につなげることです。評価を処遇の決定だけに使うのではなく、事業を続けるかどうかや、次の予算配分と連動させます。評価と経営の判断が切り離されると、担当者は評価を形だけの手続きとしか受け取らなくなります。

三つ目は、評価の基準を関係者で共有し続けることです。担当者と評価者、そして経営層が同じ基準を理解している状態を保ちます。基準が見えないことは不信と萎縮を生み、基準が見えることが、担当者が安心して挑戦できる土台になります。

これらを続けるには、記録を残し、振り返りの場を回し続ける担い手が必要です。事務局のような運営の機能をはじめから制度に組み込んでおくことが、形骸化を防ぐ現実的な手立てになります。事務局の役割は新規事業の事務局の役割|3つの機能と議論の質を上げる運営設計で紹介しています。

よくある質問

新規事業の評価にROIや売上目標は使えないのですか

使えますが、使う時期を選びます。拡大期に入った事業であれば、売上やROIを主な評価軸に据えて問題ありません。問題になるのは、探索や課題検証の段階にある案件に売上目標やROIの基準を課す場合です。この段階でそれらを合否の基準にすると、判断が短期に確実な領域へ偏り、本来確かめるべき不確かな仮説が避けられます。フェーズごとに物差しを切り替え、その切り替えの条件を先に決めておくことが大切です。

成果が出ていない担当者はどう評価すればよいですか

成果の有無と、行動や判断の質を分けて評価します。具体的には、どれだけの仮説を確かめたか、そこから何が分かったか、撤退や方向転換の判断が事実に照らして妥当だったかを見ます。正しい行動と検証が積み重なっていれば、短期の成果が出ていなくても評価に反映させる設計が必要です。そのうえで、拡大期に入った後は成果の比重を高めていきます。

既存事業と新規事業で評価制度を分けるべきですか

評価の基準と周期は分けることが望ましいと考えられます。同じ基準で一律に運用すると、成果までに時間がかかる探索の活動が構造的に不利になるためです。ただし制度全体を二重にする必要はありません。等級や報酬の枠組みは全社共通のまま残し、評価の基準と周期だけを別立てにする方法も現実的です。どこまで分けるかは、人事部任せにせず経営会議で決めます。

まとめ

新規事業が止まる構造の一つは、答えがまだ分からない事業を、売上・利益・ROI・目標達成率という既存事業の物差しで測ってしまうことにあります。その結果、正しい方向転換や撤退が未達として扱われ、挑戦した人ほど不利になります。

手当ての要点は、事業の評価と人の評価を分けたうえで同じ方向にそろえること、フェーズごとに「進んだ」とみなす証拠と移行条件を先に決めること、人の評価では検証の量・学びの質・判断の妥当性を見ることです。決裁者は、フェーズの定義と移行条件、各段階の証拠、評価の周期と場、撤退の扱い、人の評価との接続の5項目を経営会議で一枚にまとめて合意し、短い周期の振り返りで運用し続けることで、物差しを制度として守ることができます。

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