新規事業の社内承認が遅い理由|決裁の段数と権限委譲の決め方

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

新規事業の社内承認が遅いのは、担当者の稟議の書き方より、承認の仕組みそのものに原因があることが少なくありません。段階ごとに誰が決めるかを一枚の決裁権限表にまとめて承認の段数を減らし、金額・期間・撤退条件をセットにして推進室へ権限を委譲すると、承認は速くなります。

この記事は新規事業制度を決める立場の方向けです。技術はあるのに新規事業につながっていないと感じている取締役・新規事業推進室長の方に向けて、承認が遅くなる構造と、決裁の段数・権限委譲の決め方を整理します。

本記事は、連載「新規事業が止まる9つの構造」の6回目です。連載では、新規事業が止まる原因を、①何を目指すか決まっていない、②経営の本気と現場がずれる、③既存事業の物差しで評価する、④優秀な人が来ない・兼務で回らない、⑤既存事業部が協力しない、⑥承認・調整で力尽きる、⑦型が無く個人任せ、⑧顧客を確かめずに作る、⑨関門が事業化につながらない、の9つの構造に分けて扱っています。いずれも担当者の努力不足ではなく、制度や進め方の側で手当てできるものです。今回は⑥「承認・調整で力尽きる」を取り上げます。

新規事業の社内承認が遅くなる3つの原因|段数・基準・責任者の不在

新規事業の社内承認が遅れる原因は、大きく「段数」「基準」「責任者」の3つに分けられます。どれも担当者個人の努力では変えられず、承認の仕組みを決める側が手を入れる必要があるものです。

担当者が悩む「意思決定の遅さ」

新規事業の担当者が抱える課題のなかで、意思決定の遅さは、人材の確保やノウハウの不足に次ぐ大きなものです。

新規事業の意思決定を速く進められている会社は、多くありません。そして、意思決定の速さと新規事業の成果のあいだには、一定の関連があると考えられます。

3つの原因の中身

一つ目は段数です。担当者から課長、部長、事業部長、担当役員と承認が積み重なるほど、差し戻しと待ち時間が増えます。二つ目は基準です。何を満たせば次へ進めるのかが決まっていないと、承認者ごとに見るところが変わり、資料の作り直しが続きます。

三つ目は責任者の不在です。新規事業の判断を最終的に誰が引き受けるのかが曖昧だと、各段の承認者は「自分の段では止めないが、進めるとも言わない」姿勢になりがちです。この3つは互いに絡み合っているため、どれか一つだけを直しても承認の速さは大きく変わりません。

既存事業と同じ稟議ルートを通すと何が起きるか

多くの会社では、新規事業の承認にも既存事業の稟議ルートがそのまま使われています。このルートは、実績のある事業で損失を防ぐために作られたものであり、不確実性の高い新規事業の判断を想定していません。

既存事業の稟議は「確実性」を確かめる仕組み

既存事業の稟議では、売上の見込み、投資回収の期間、過去の実績との比較が問われます。市場も顧客もすでにあるため、これらの数字に根拠を示すことができます。承認者はその根拠を確かめ、リスクを減らす役割を担います。

ところが、新規事業の初期段階では、顧客も市場の大きさもまだ仮説です。同じ物差しで確実性を求めると、担当者は根拠の薄い数字を作り込むか、承認が出るまで検証を止めて待つしかありません。どちらも、新規事業に必要な「小さく試して学ぶ」動きを止めてしまいます。着手前に経営と推進室で何をそろえておくかは「新規事業の立ち上げ準備|着手前の4つの前提と稟議・チェックリスト」で整理しています。

承認待ちの間に失われるもの

承認待ちの期間に失われるのは時間だけではありません。顧客候補との接点が途切れる、検証の熱量が下がる、担当者が既存業務に引き戻されるといった形で、事業の芽そのものが弱っていきます。

さらに、何度も差し戻しを受けた担当者は、通りやすい無難な案を選ぶようになります。承認の仕組みが、意図せず挑戦の幅を狭めてしまうのです。この状態を変えるには、新規事業向けに承認の段数と判断基準を分けて設計することが近道になります。既存事業の稟議ルートを否定するのではなく、目的の違う二つのルートを並べて持つ、と考えると社内の合意も得やすくなります。

承認の段数を減らす|段階別の決裁権限表

承認の段数を減らす第一歩は、新規事業の段階ごとに「誰が決めるか」を一枚の表にまとめることです。ここでは、この表を決裁権限表(どの段階・どの金額の判断を、どの役職が最終決定するかを定めた一覧)と呼びます。

段階によって決める人を変える

新規事業は、課題の検証、解決策の検証、事業としての検証と、段階が進むほど必要なお金と人が増えます。初期の検証に必要な予算は比較的小さく、失敗しても損失は限られます。そのため、初期段階の判断は推進室長に任せ、段階が進むにつれて担当役員、取締役会へと決める人を上げていく形が考えられます。

たとえば「課題の検証までは推進室長」「試作や実証に進む判断は担当役員」「本格的な投資や事業部への移管は取締役会」といった分け方です。具体的な金額の線は会社の規模や財務状況によって変わるため、自社の既存の職務権限規程と照らし合わせて決めます。誰が何をどの基準で決めるかの設計手順は「新規事業の意思決定プロセス」で詳しく解説しています。

段数を減らすときの注意点

段数を減らすことは、チェックを無くすことではありません。決める人を一段に絞る代わりに、関係する部署には「承認者」ではなく「報告を受ける側」として情報を共有する形に切り替えると、統制と速さを両立しやすくなります。

また、表を作っただけでは運用されません。新規事業の案件がどの段階にあるかを、推進室と経営層が同じ言葉で確認できる状態にしておくことが前提です。段階の定義があいまいなままだと、結局は従来の稟議ルートに戻ってしまいます。

権限委譲の決め方|金額・期間・撤退条件をセットで渡す

決裁権限表で決める人を定めたら、次は権限委譲の中身を決めます。ここで大切なのは、金額だけを渡すのではなく、期間と撤退条件をセットにして渡すことです。

現場への委譲が進んでいない現状

新規事業の現場に意思決定の権限を渡している会社や、新規事業に限って官僚的な手続きを省いている会社は、まだ多くありません。現場に判断を任せる仕組みは、多くの会社で整っていないと言えます。

委譲が進まない背景には、任せた結果に誰が責任を持つのかが決まっていないという不安があります。金額の上限だけを決めて任せると、経営側は「どこまで使われるのか」が見えず、結局は都度の承認に戻りがちです。

3点セットで渡す理由

金額は「この段階で使ってよい上限」、期間は「いつまでに次の判断をするか」、撤退条件は「どうなったら止めるか」を表します。この3つを最初に合意しておけば、現場は期間内であれば都度の承認なしに動けますし、経営側は期限が来た時点で必ず判断の場を持てます。

撤退条件については、「どうなったら止めるか」を明確に決めている会社は多くありません。止める基準が先に決まっていることは、任せる側の安心材料になります。撤退条件の具体的な作り方は「新規事業の撤退基準の作り方」も参考になります。進める判断と止める判断を同じ場で、同じ基準で行うことが、権限委譲を続けるための土台です。

承認の場で決裁者が見る4つの論点

段数を減らし、権限を委譲しても、最終的に判断する場は残ります。その場で決裁者が何を見るのかを先に決めておくと、担当者の資料づくりが速くなり、議論も短くなります。

決裁者が確かめる4つの論点

承認の場で見る論点は、次の4つに絞ると整理しやすくなります。

  • 顧客の課題は確かめられているか(誰の、どんな困りごとか)
  • 解決策はその課題に合っているか(顧客の反応はどうか)
  • 自社が取り組む理由はあるか(技術・顧客基盤・事業との関係)
  • 次の段階に進むために何が必要か(金額・期間・人・撤退条件)

これらは段階によって深さが変わります。初期段階では一つ目の論点が中心になり、段階が進むほど四つ目の投資判断の比重が高まります。段階ごとに「この論点にここまで答えられていれば進めてよい」と決めておくことが、承認の速さにつながります。

判断基準を共有した事例

味の素株式会社 バイオ&ファインケミカル事業本部が推進する社内新規事業の取り組み「NBD.com」では、評価基準などをまとめた社内新規事業のプレイブック(進め方と判断の手引き)とピッチ資料のフォーマットをAll Bridgeとともにつくり、ステージゲートの仕組みを進捗報告や意思決定の基準共有に使っています。担当者の方は「責任者がその場で考え・決裁するのではなく、プレイブックを参照して判断できるようになった」と話しています(味の素株式会社様の事例)。

判断の基準が共有されると、承認者が変わっても同じ物差しで判断できます。段階ごとに関門を置いて投資を判断する考え方は「ステージゲート法とは」で解説しています。また、担当者側の稟議書の書き方は「稟議書の書き方|新規事業で投資委員会通過率を上げる4論点先回り」で扱っています。本記事は、その稟議を受け取る側の仕組みに焦点を当てています。

社内承認を速くする仕組みのチェックリスト

ここまでの内容を、取締役・推進室長が自社の承認の仕組みを点検するためのチェックリストにまとめます。すべてにすぐ答えられなくても、答えにくい項目が見直しの起点になります。項目は、ここまでの各章で取り上げた論点に対応させています。

自社の承認の仕組みを点検する

  • 新規事業の段階が定義され、経営層と推進室で同じ言葉で使われているか
  • 段階ごとに最終決定する人が一人に決まっているか(決裁権限表があるか)
  • 権限を渡すとき、金額・期間・撤退条件をセットで決めているか
  • 承認の場で見る論点が事前に共有されているか
  • 承認者と報告を受ける側が分けられているか

仕組みは一度で完成させなくてよい

承認の仕組みは、最初から完璧に作る必要はありません。まずは一つの案件で決裁権限表と判断基準を試し、運用してみて引っかかった点を直していく進め方が現実的です。進めながら直すことで、自社の組織や文化に合った形に近づいていきます。見直しの際は、承認にかかった日数や差し戻しの回数を案件ごとに記録しておくと、どの段で時間がかかっているのかを事実で確かめられます。

点検の結果、答えにくい項目が複数ある場合は、段階の定義から手をつけるのが近道です。段階が決まれば、決裁権限表の行も、承認の場で見る論点も、その段階に合わせて決められるためです。反対に、段階があいまいなまま権限表だけを作ると、どの行を当てはめるかで再び議論が起き、承認が速くなりません。まず段階の名前と、各段階を終えたと言える条件をそろえることから始めます。

よくある質問

権限委譲すると、失敗したときの責任はどうなりますか?

委譲した範囲での判断は現場に任せ、委譲の枠組みそのもの(金額・期間・撤退条件)を決めた責任は経営側が持つ、という分け方が考えられます。撤退条件をあらかじめ合意しておけば、条件に達した時点で止めることは「失敗」ではなく決めたとおりの判断になります。責任の所在を事前に言葉にしておくことが、委譲を続けるうえで重要です。

既存の職務権限規程と、新規事業の決裁権限表は別に作るべきですか?

既存の規程を書き換えるのではなく、新規事業向けの特例として決裁権限表を設ける方法が導入しやすいでしょう。既存事業の統制はそのまま保ちつつ、新規事業の段階に応じた判断ルートだけを分けられます。どちらの規程が優先されるかは、管理部門と事前にすり合わせておくと運用で混乱しません。特例の対象を「推進室が扱う新規事業案件」と明記しておくと、既存事業の案件に広がる心配も減ります。

社長が最終決裁者でないといけないのでしょうか?

すべての判断を社長が行う必要はありません。初期の検証のように金額が小さく損失が限られる判断は推進室長に、本格投資のような大きな判断は取締役会や社長に、と段階で分けることで、経営トップは重要な判断に時間を使えます。どこで線を引くかを経営会議で決めておくことが大切です。線を引いた後も、社長には定期的に案件の段階と進み具合を報告する場を設けておくと、任せる側も安心して委ねられます。

まとめ

新規事業の社内承認が遅い原因は、承認の段数、判断の基準、責任者の不在という仕組みの側にあることが多くあります。既存事業と同じ稟議ルートから切り離し、段階別の決裁権限表を作ること、権限委譲では金額・期間・撤退条件をセットで渡すこと、承認の場で見る論点を事前に共有することが、承認を速くする打ち手になります。最初の一歩としては、直近の新規事業案件について、承認までにかかった日数と通った段の数を数え、どの段で時間がかかっているかを事実で確かめるところから始めると、見直す場所がはっきりします。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
↑
新規事業創出ワークショップ
自社の強みから事業アイデアを1枚に。毎週水曜 11:00・60分・オンライン・参加無料
開催日を選ぶ →