新規事業に既存事業部が協力しないのは、事業部長の理解が足りないからではありません。協力しても評価されず、人や設備を貸すほど自部門の数字が下がり、自社の商品同士がぶつかったときに裁く人がいない、という構造があるためです。協力を担当者の根回しに任せず、評価・貸し借りの取り決め・裁き方として決めると、協力は続くようになります。
この記事は新規事業制度を決める立場の方向けです。既存事業部の協力が得られず、検証や事業化が止まっていると感じている取締役、事業部長、新規事業推進室長の方に向けて、協力が出ない理由と、決裁者が決めておくべきことを整理します。
本記事は、連載「新規事業が止まる9つの構造」の5回目です。連載では、新規事業が止まる原因を、①何を目指すか決まっていない、②経営の本気と現場がずれる、③既存事業の物差しで評価する、④優秀な人が来ない・兼務で回らない、⑤既存事業部が協力しない、⑥承認・調整で力尽きる、⑦型が無く個人任せ、⑧顧客を確かめずに作る、⑨関門が事業化につながらない、の9つの構造に分けて扱っています。いずれも担当者の努力不足ではなく、制度や進め方の側で手当てできるものです。今回は⑤「既存事業部が協力しない」を取り上げます。
既存事業部が新規事業に協力しない理由|根回しでは解けない3つの構造
既存事業部の協力が得られない原因は、個人の考え方よりも、協力したときに事業部の側で何が起きるかにあります。まず「協力」の中身をそろえ、協力が出ない3つの構造と、協力が新規事業の成果を左右する理由を確認します。
新規事業への「協力」とは何を指すか
ここでいう協力とは、既存事業部が持つものを新規事業に貸すことです。具体的には、人(技術者や営業担当の時間)、設備(試作ラインや評価設備)、顧客接点(取引先の紹介や商談への同席)、情報(販売データや現場の困りごと)の4つに分けられます。
新規事業の担当者が困るのは、多くの場合「応援してもらえない」ことではなく、この4つを借りられないことです。言葉の上では協力的でも、実際に人や顧客を貸す段になると話が進まない。協力の問題は、気持ちではなく貸し借りの問題として捉えると、手当ての仕方が見えてきます。
協力しない3つの構造:評価・数字・裁き手
1つ目は、協力が事業部の評価に入っていないことです。事業部長や部員は、自部門の売上や利益で評価されます。新規事業に人を貸しても評価は上がらず、貸した分だけ本業の目標が苦しくなります。協力しないのは、評価の仕組みに沿った合理的な判断です。
2つ目は、貸すほど自部門の数字が下がることです。人の時間、設備の稼働、顧客との関係は、どれも本業の数字を支えているものです。3つ目は、自社の商品同士がぶつかったときに裁く人がいないことです。新規事業が既存の顧客や売上を奪うおそれがあるとき、事業部長は自部門を守る立場にあり、自分では「奪われてよい」と決められません。
会社が大きいほど協力は得にくく、成果を左右する
既存事業部が新規事業に協力的で、必要な人や設備を事業部から確保できている、と言える会社は多くありません。協力的かどうかと、必要なものを実際に借りられるかどうかは、どちらも新規事業の成否と結びつきやすい点です。
会社が大きくなるほど事業部の数が増え、それぞれが自部門の数字を背負うため、協力は得にくくなります。それでいて、新規事業が事業として形になるかどうかは、既存事業部から人・資金・情報を借りられるかに左右されます。協力は、会社が大きいほど得にくく、しかも成果を左右する要素だといえます。
協力を担当者の根回しに任せると何が起きるか
協力の仕組みがない会社では、担当者が事業部を一つずつ回って頼むことになります。根回しそのものは悪いことではありませんが、それだけに頼ると、協力は続かず、検証も止まりやすくなります。
協力が人脈と善意で決まり、再現しない
根回しで得られる協力は、担当者の社内人脈と、相手の事業部長の善意に左右されます。顔の広い担当者や、理解のある事業部長に当たれば進み、そうでなければ進みません。担当者が異動したり、事業部長が交代したりすると、それまでの協力が途切れることもあります。
決裁者から見ると、これは新規事業の進み具合が、案件の良し悪しではなく人のつながりで決まっている状態です。どの案件に投資を続けるかを判断するうえでも、ゆがみの原因になります。
頼みにくい依頼ほど後回しになり、検証が止まる
担当者が頼みやすいのは、資料の提供や短い打ち合わせなど、相手の負担が小さい依頼です。反対に、主要顧客への同席や、技術者の数週間単位の時間といった負担の大きい依頼は、頼むこと自体をためらいがちです。
しかし、新規事業の検証で本当に必要なのは、負担の大きいほうの協力であることが少なくありません。顧客に会えない、試作に技術者を割けないという状態が続くと、検証の段階で長く足止めされます。
貸す側の負担が見えず、不満がたまる
協力が非公式なやり取りで行われると、事業部の側でどれだけの時間や機会を割いたかが記録に残りません。貸した側は負担だけを抱え、その負担は評価にも予算にも表れません。
こうした状態が続くと、事業部の中に「新規事業は手間ばかりかかる」という受け止めが広がります。次の依頼はさらに通りにくくなり、協力しない構造が強まっていきます。
決裁者が決めること①|協力を事業部の評価と目標に入れる
協力が出ない第一の理由が評価にある以上、最初に手を入れるのも評価です。協力を、事業部の善意ではなく、会社が求める事業部の仕事として位置づけ直します。
協力を「頼みごと」から「事業部の仕事」に変える
決裁者がまず決めるのは、「新規事業への協力は、既存事業部の役割の一つである」という位置づけです。経営会議で決め、事業部の年度目標や事業部長の評価項目に書き込みます。発言として伝えるだけでは、評価に沿って動く現場の判断は変わりません。
位置づけが決まれば、担当者の依頼は「お願い」ではなく、会社の方針に沿った業務の依頼になります。事業部長にとっても、部下を新規事業に貸すことを、自部門の中で説明しやすくなります。
目標への書き方の例
評価に入れるときは、「協力する」という抽象的な書き方ではなく、確かめられる形で書きます。たとえば次のような項目です。
- 新規事業に充てた人の時間(例:技術者の延べ人日)
- 紹介した顧客の数と、同席した商談の数
- 提供した設備の稼働時間
- 新規事業の検証に提供した情報(販売データ・現場の声など)
数値の水準は、事業部の規模や新規事業の段階によって変わるため、自社で決めます。評価制度全体の考え方は新規事業の評価制度|既存の物差しが合わない理由とフェーズ別の設計手順でも解説しています。
貸した側の数字が下がる分の扱い
評価に協力を入れても、本業の数字が下がる分を放置すれば、事業部長は結局ためらいます。そこで、貸した人の人件費や設備の費用を新規事業の予算に付け替える、あるいは協力に伴う売上目標の減少分を別枠で扱う、といった取り決めを先に決めておきます。
ポイントは、協力した事業部が損をしない形にすることです。新規事業の予算に「既存事業部から借りる分」をあらかじめ見込んでおくと、付け替えも滞りなく進みます。予算の組み方は新規事業の予算の立て方も参考になります。
決裁者が決めること②|人・設備・顧客接点を貸す取り決め
評価に入れたうえで、何を、誰を通して、どれだけ貸すかを取り決めておくと、協力は個別の交渉から定型の手続きに変わります。担当者が毎回ゼロから頼みに行く必要がなくなります。
貸すものを4つに分けて決める
貸すものは、人・設備・顧客接点・情報の4つに分け、それぞれについて窓口、量の目安、費用の扱いを決めます。以下は一つの例です。
| 貸すもの | 例 | 決めておくこと | 費用の扱いの例 |
|---|---|---|---|
| 人 | 技術者・営業担当の時間 | 1件あたりの上限時間と期間、本人の評価への反映 | 人件費を新規事業の予算に付け替える |
| 設備 | 試作ライン・評価設備 | 使える時間帯、優先順位、安全と品質の責任者 | 稼働時間に応じて費用を付け替える |
| 顧客接点 | 取引先の紹介・商談への同席 | 紹介してよい顧客の範囲、同席者、話してよい内容 | 原則として費用は付け替えない |
| 情報 | 販売データ・現場の困りごと | 出してよい範囲、取り扱いの責任者 | 原則として費用は付け替えない |
特に顧客接点は、事業部にとって最も貸しにくいものです。主要顧客との関係を損なわないよう、紹介の範囲と、事業部の担当者が同席することを先に決めておくと、貸す側の不安が和らぎます。
依頼の窓口と、断るときの手順
依頼は、担当者から事業部の個人へ直接ではなく、事業部ごとに決めた窓口を通すようにします。窓口が依頼を受け、量や時期を調整することで、事業部の中で負担が偏ることを防げます。
あわせて、断るときの手順も決めておきます。繁忙期などで応じられない場合は、理由と代わりの時期を返すこととし、それでも折り合わないときは担当役員が判断する、という流れです。断る手順があると、事業部は無理な依頼を黙って放置せずに済みます。
期間と量を先に決め、終わりを約束する
貸す側が最も警戒するのは、一度貸すと戻ってこないことです。人を貸すなら「この四半期、週に何日」、設備なら「この検証の間だけ」というように、期間と量を先に決め、終わりを約束します。
期間の終わりには、借りた側が何に使い、何が分かったかを事業部に返します。結果が共有されると、事業部は自分たちの協力が役に立ったことを確かめられ、次の協力にも応じやすくなります。
決裁者が決めること③|カニバリゼーションの裁き方
協力が出ない構造の3つ目、自社の商品同士がぶつかる問題は、評価や取り決めだけでは解けません。誰が、どの基準で裁くかを、決裁者が先に決めておく必要があります。
事業部同士では決めきれない理由
カニバリゼーションとは、自社の商品やサービス同士が顧客や売上を奪い合う現象です。新規事業が既存事業の顧客に近い領域で立ち上がると、このおそれが出てきます。
事業部長は自部門の売上を守る責任を負っているため、「新規事業に売上を奪われてもよい」とは自分では言えません。新規事業の側も、既存事業に遠慮して顧客や価格を決めきれません。どちらの立場からも決められない問題は、一段上の決裁者が引き取るしかありません。
裁く人と基準を先に決める
決裁者が決めるのは、ぶつかったときに裁く人と、裁く基準です。裁く人は、両方の事業を見られる担当役員や経営会議とします。基準は、たとえば「会社全体の数年後の売上と利益で見る」「既存事業が自ら取りにいかない顧客は新規事業に任せる」といった形で書いておきます。
問題が起きてから裁き手を探すと、判断が遅れ、その間に協力も止まります。誰が何をどの基準で決めるかの設計は新規事業の意思決定プロセスでも扱っています。
共存させる線引き
裁くといっても、どちらかを止めるとは限りません。顧客層、価格帯、販売チャネルのいずれかで線を引き、共存させる道もあります。たとえば、既存事業が扱っていない規模の顧客から始める、既存の販路とは別の売り方を試す、といった線引きです。
線引きを先に決めておくと、既存事業部は「どこまでなら奪われないか」が分かり、協力に応じやすくなります。判断基準と共存の設計の詳細はカニバリゼーションとは|自社競合の判断基準と共存の設計で解説しています。
協力が続く会社の体制|経営と事業部をつなぐ「ハブ」を置く
評価、取り決め、裁き方を決めても、それを日々運用する役割がなければ形だけになります。最後に、協力が続く体制と、実際の取り組みの例を紹介します。
推進組織を経営と事業部のつなぎ役にする
新規事業の推進組織を、経営層と既存事業部の間に立つつなぎ役(ハブ)として位置づけると、協力の依頼や調整が一か所に集まります。経営の方針を事業部に伝え、事業部の事情を経営に上げる役割です。
All Bridgeが伴走支援を行った味の素株式会社 NBD.comの事例では、社内新規事業の進め方をまとめたプレイブックを整えたことで、統括部が経営層と研究所・各事業部をつなぐハブとして機能し始めました。開発グループ長の広瀬様は「上にも横にも説明がしやすくなり、頼ってもらえるようになりました。」と振り返っています。
数字という共通の物差しで話す
既存事業部に協力を求めるときは、新規事業の意義を熱意だけで語るのではなく、既存事業と同じ数字の言葉で話すことが効果的です。会社全体の計画の中で、新規事業がどれだけの位置を占めるのかを示すと、事業部長も自部門の判断として検討できます。
同じく味の素株式会社 NBD.comの伴走支援の事例で、武井様は「我々の考えを既存事業部に伝える時に、数字で話すことができるのが大きかった。」と語っています。数字で語ることで、チーム間の議論も進めやすくなったといいます。
協力の仕組みを点検する5つの問い
自社の協力の仕組みが整っているかは、次の5つの問いで点検できます。1つでも「いいえ」があれば、そこが協力の止まりどころです。
- 新規事業への協力が、事業部の目標や事業部長の評価に書かれているか
- 協力で下がる本業の数字を、付け替えや別枠で扱う取り決めがあるか
- 人・設備・顧客接点・情報ごとに、窓口と量の目安が決まっているか
- 自社の商品同士がぶつかったときに、裁く人と基準が決まっているか
- 経営と事業部をつなぐ役割を、どの組織が担うか決まっているか
よくある質問
出島組織にすれば、既存事業部の協力は要らなくなりますか
出島組織にすると、既存事業の慣習や意思決定から離れて動きやすくなりますが、協力が要らなくなるわけではありません。製造業の新規事業では、既存事業の技術者、設備、顧客との関係こそが強みであることが少なくなく、切り離すほどそれらを使いにくくなります。出島にする場合も、何を本体から借りるかと、その窓口を決めておくことが欠かせません。出島組織の設計は出島組織とはで解説しています。
既存事業とのシナジーとカニバリゼーションは何が違いますか
シナジーは、既存事業と新規事業が組み合わさることで、売上やコスト、知識の面で互いに得をする効果です。カニバリゼーションは反対に、両者が同じ顧客や売上を奪い合う現象を指します。同じ新規事業でも、顧客や販路の重なり方によって、どちらにも転び得ます。協力を引き出すには、シナジーの見込みを示すと同時に、カニバリの線引きを先に決めておくことが大切です。シナジーの見つけ方は既存事業とのシナジーを参照してください。
協力を評価に入れると、形だけの協力が増えませんか
評価項目が「協力したかどうか」だけだと、名前だけ貸すような協力が増えるおそれはあります。そのため、人日や紹介した顧客の数など確かめられる項目にすることに加え、借りた側が「その協力で何が分かったか」を事業部に返す仕組みを組み合わせます。協力の中身と成果が見えると、形だけの協力は評価されにくくなります。運用を始めたら、半年ほどで項目を見直すことも有効です。
まとめ
新規事業に既存事業部が協力しないのは、協力が評価に入っていない、貸すほど自部門の数字が下がる、自社の商品同士がぶつかったときの裁き手がいない、という3つの構造があるためです。担当者の根回しに任せている限り、協力は人脈と善意に左右され、続きません。決裁者は、協力を事業部の評価と目標に入れ、人・設備・顧客接点・情報を貸す取り決めを作り、カニバリゼーションを裁く人と基準を先に決めます。そのうえで、経営と事業部をつなぐ役割を置くことで、協力は個人の頑張りから会社の仕組みに変わります。