新規事業の目的は、「何をやるか」を考える前に、経営が「なぜやるのか(目的)」「どこで探すのか(探索領域)」「いつまでに、どの規模を期待するのか(期待値と期限)」の3点を決め、1枚にまとめて現場に渡すと定まります。この3点がないまま案を募ると、出てくる案も、それを判断する基準もばらばらになるためです。
この記事は新規事業制度を決める立場の方向けです。技術はあるのに新規事業につながっていないと感じている取締役、事業部長、新規事業推進室長の方に向けて、経営が先に決めることと、その決め方を整理します。
本記事は、連載「新規事業が止まる9つの構造」の1回目です。連載では、新規事業が止まる原因を、①何を目指すか決まっていない、②経営の本気と現場がずれる、③既存事業の物差しで評価する、④優秀な人が来ない・兼務で回らない、⑤既存事業部が協力しない、⑥承認・調整で力尽きる、⑦型が無く個人任せ、⑧顧客を確かめずに作る、⑨関門が事業化につながらない、の9つの構造に分けて扱っています。いずれも担当者の努力不足ではなく、制度や進め方の側で手当てできるものです。今回は①「何を目指すか決まっていない」を取り上げます。
新規事業の目的とは|「何をやるか」の前に経営が決める3つのこと
新規事業が動き出さない会社では、「何をやるか」の議論ばかりが続き、その前提となる「なぜ・どこで・どこまで」が決まっていないことがよくあります。まず言葉の意味をそろえ、決まっていないと何が起きるかを確認します。
新規事業の目的・探索領域・期待値とは
新規事業の目的とは、会社がなぜ新しい事業に取り組むのかという理由です。次の売上の柱をつくるのか、既存事業を守り強くするのか、自社の技術の新しい使い道を探すのか、といった違いがあります。探索領域とは、新しい事業の案を探す範囲のことで、市場、顧客、技術のどこまでを対象にするかを指します。
期待値とは、新規事業にいつまでに、どの規模の成果を期待するかという目安です。期限は、その成果を判断する時点と、それまで待つ年数を指します。本記事では、この3点をまとめて「経営が先に決める枠」と呼びます。
枠が決まっていないと何が起きるか
枠が決まっていないまま「新しい事業の案を出してほしい」と現場に頼むと、案は担当者それぞれの関心に沿って、あらゆる方向から出てきます。審査の場では、ある役員は市場の大きさを、別の役員は自社の強みとのつながりを問い、評価の軸が会議ごとに変わります。
その結果、担当者は何を直せば通るのかが分からず、案を作り直し続けることになります。現場の意欲や能力の問題に見えても、原因は判断の前提が置かれていないことにあります。評価の基準や審査の関門も、本来はこの枠から引くものです。
経営戦略に位置づけることと、全社で共有することの差
新規事業を重要な経営戦略として掲げる会社は少なくありません。しかし、経営戦略に位置づけることと、何を目指すのかを全社で共有することは別の話です。
「新規事業に力を入れる」という方針は伝わっていても、事業の内容や目標、進み具合を測る指標までは決まっていない、あるいは現場に届いていないことがあります。経営戦略として位置づけていても、何を目指すのかが現場まで届いていない会社は少なくないと考えられます。
「テーマの決め方」との違い|経営が決める枠と現場に任せる中身
目的を決めるというと、経営がテーマまで決めてしまうことだと受け取られがちです。しかし、経営が決めるべきなのは「枠」であり、枠の中で何をやるかという「中身」は現場に任せられます。ここでは、その線引きを整理します。
経営が決める枠、現場が選ぶ中身
経営が決めるのは、目的、探索領域、期待値と期限の3点です。これらは会社の戦略や投資の考え方に関わり、現場の担当者には決められません。一方、枠の中でどの顧客の、どの課題に取り組むかというテーマは、顧客に会い、確かめながら選ぶ現場のほうが適しています。
担当者が候補を出して採点する手順は、新規事業のテーマの決め方|3つの起点と候補を採点する評価表の例で解説しています。本記事はその一つ手前、採点の物差しそのものを経営がどう決めるかを扱います。
枠がないまま「自由に考えて」と任せると
「自由な発想で考えてほしい」という頼み方は、現場の自主性を尊重しているように見えます。しかし、評価の物差しが示されていないため、担当者は審査の場で初めて経営の期待を知ることになります。そこで「うちがやる理由が分からない」「規模が小さい」と指摘されれば、数か月の検討が振り出しに戻ります。
自由に考える範囲を示すことは、自由を狭めることではありません。範囲が分かっていれば、担当者は安心して深く掘り下げられます。
枠を細かく決めすぎる失敗
反対に、経営が具体的な製品や顧客まで指定してしまうと、現場は確かめる前から答えを持たされることになります。顧客に話を聞いて違うと分かっても、方向を変えにくくなります。
枠は「この範囲で探す」「この規模を期待する」という条件にとどめ、具体的なテーマは現場が確かめた結果で決める、という分担を保つことが大切です。
目的の決め方|なぜ自社が新規事業をやるのかを1つに絞る
3つの枠のうち、最初に決めるのが目的です。目的が決まると、探索領域や期待値の決め方も自然に定まります。ここでは目的の種類と、絞り方を見ていきます。
新規事業の主な目的
企業が新規事業に取り組む目的は、主に次の4つに整理できます。新規事業の定義や既存事業との違いは、新規事業とは|定義・既存事業との違いと進め方を5フェーズで解説で解説しています。
- 次の売上の柱をつくる(既存事業の縮小に備える)
- 既存事業を守り、強くする(顧客の囲い込み、周辺サービスの追加)
- 自社の技術や設備の新しい使い道を見つける
- 新しい事業をつくれる人と組織を育てる
いずれも正当な目的ですが、どれを選ぶかで、求める規模、待てる年数、評価のしかたが大きく変わります。
目的は1つを主にし、ほかは従にする
複数の目的を同じ重さで掲げると、案を評価するときに判断がぶれます。売上の柱を求めるなら大きな市場が要りますが、人材育成が目的なら小さく早く回すことが大切になり、両者は同じ物差しで比べられません。
そこで、目的は1つを主に置き、ほかは「あれば望ましい」従の目的として書き分けます。たとえば「主:自社技術の新しい使い道を見つける。従:担当者が事業化の経験を積む」のように書くと、審査で迷ったときにどちらを優先するかがはっきりします。
技術起点の会社で目的を書くときの問い
製造業など技術を強みとする会社では、「この技術を使って何かできないか」という問いから始まりがちです。目的を書くときは、それに加えて「その技術で、会社として何を実現したいのか」を言葉にします。
次の問いに経営陣で答えてみると、目的が具体的になります。
- 10年後、今の主力事業の売上はどうなっていると見ているか
- 新規事業がうまくいったとき、会社の何が変わっていてほしいか
- 自社の技術や人のうち、今の事業だけでは生かしきれていないものは何か
探索領域の決め方|「どこで探すか」と「どこは探さないか」
目的が決まったら、次は案を探す範囲を決めます。範囲は広すぎても狭すぎても現場が動きにくくなります。ここでは、既存事業からの距離で範囲を描く方法と、あえて探さない範囲を書く意味を紹介します。
既存事業からの距離で範囲を描く
探索領域は、既存事業からの距離で考えると整理しやすくなります。今の顧客に新しい製品を届ける、今の技術を新しい顧客に届ける、顧客も技術も新しい分野に出る、の3段階です。距離が近いほど自社の強みや販路を使いやすく、遠いほど不確かさが増し、時間もかかります。
目的が「既存事業を強くする」なら近い範囲が中心になり、「次の売上の柱」なら遠い範囲まで含めることになります。既存事業とのつながりの見つけ方は既存事業とのシナジー|3つの型と見つけ方・活かし方の手順で解説しています。
自社の強みを「機能」の言葉で書く
探索領域を書くときは、自社の強みも一緒に書きます。強みを製品名で書くと範囲は今の製品分野に閉じますが、「細かい部品を高い精度で量産できる」「温度を一定に保つ制御に長けている」のように機能の言葉で書くと、範囲が広がります。
強みの書き出しは経営陣だけで行わず、研究開発、製造、営業、保守の担当者にも聞くと、経営からは見えにくい強みが出てきます。
探さない範囲も書いておく
探索領域では、「探さない範囲」を書いておくことも重要です。たとえば「既存の主要取引先と競合する事業は対象外」「規制上、自社が許認可を持てない分野は対象外」といった条件です。
探さない範囲が書かれていれば、担当者は時間をかけて案を作った後に却下される事態を避けられます。経営にとっても、審査の場で同じ理由の却下を繰り返さずに済みます。
期待値と期限の決め方|いつまでに、どの規模を、どこまで待つか
3つめの枠は、期待値と期限です。新規事業は成果が出るまでに時間がかかるため、期待を先に言葉にしておかないと、途中で既存事業と同じ物差しで測られ、止められてしまいます。
規模は「最終の姿」と「途中の関門」に分ける
期待値は、最終的にどの規模の事業にしたいかという「最終の姿」と、そこに至るまでの「途中の関門」に分けて書きます。最初の数年は売上や利益で測れないことが多いため、途中の関門には「顧客の課題を確かめた」「有料で使ってくれる顧客がついた」といった進み具合の目安を置きます。
段階ごとの投資判断の基準は、新規事業の投資判断|フェーズ別の評価基準と撤退条件の決め方で整理しています。
期限と「待つ年数」を先に言う
期限は、「いつまでに、どの関門を通っていれば続けるか」という形で書きます。あわせて、新規事業が既存事業並みの利益を出すまで、会社として何年待てるのかも経営が先に言葉にしておきます。
待つ年数が示されていないと、担当者は短期の数字を示そうとして、小さく確実な案に寄りがちです。反対に、待つ年数がはっきりしていれば、担当者は時間のかかる大きな案にも取り組めます。
撤退の条件も同じ紙に書く
期待値と期限を決めるときは、続けない条件もあわせて書きます。始める時点では続ける話に意識が向くため、撤退の条件は後回しにされ、決まらないまま進みがちです。
撤退の条件が先に決まっていれば、担当者は外れを早く報告でき、経営も感情に引きずられずに判断できます。条件の作り方は新規事業の撤退基準の作り方|4つの手順と1枚にまとめる記入例を参考にしてください。
1枚にまとめて共有する|経営方針シートの書き方と見直し方
3つの枠は、経営会議で合意したうえで1枚の紙にまとめ、現場と共有します。口頭で伝えただけでは、人によって受け取り方が変わり、時間がたつと薄れてしまうためです。
経営方針シートの項目と記入例
1枚の方針シートには、次の項目を並べます。以下は架空の製造業を想定した記入例です。
| 項目 | 書くこと | 記入例(架空) |
|---|---|---|
| 目的(主) | なぜ新規事業に取り組むか | 自社の精密加工技術の新しい使い道を見つける |
| 目的(従) | あれば望ましいこと | 事業化を経験した人材を社内に増やす |
| 探索領域 | どこで探すか | 今の技術を、まだ取引のない業界の顧客に届ける |
| 探さない範囲 | 対象外の条件 | 主要取引先と競合する事業 |
| 期待値 | 最終の姿と途中の関門 | 最初の関門は、有料で使う顧客がつくこと |
| 期限 | いつ何を判断するか | 半年ごとに続けるかを判断する |
| 撤退の条件 | 続けない条件 | 期限までに関門を通れなかった案は見送る |
数字や年数は、会社の規模や業界によって変わるため自社で決めます。大切なのは、各項目が空欄のまま現場に案を求めないことです。
誰が決め、いつ見直すか
方針シートの案は推進室が作り、経営会議で決めます。決めた後は、推進室長や担当役員がテーマの審査や投資判断のたびにシートに立ち返り、判断の理由をシートの言葉で説明します。誰が何を決めるかの分担は、新規事業の意思決定プロセス|誰が何をどの基準で決めるかの設計手順で詳しく解説しています。
見直しは年に1回など周期を決めて行い、中期経営計画の改定や市場の大きな変化があったときにも見直します。頻繁に変えると現場が振り回されるため、変えるときは理由を添えて伝えます。
事例:数字で語る共通言語が議論を前に進めた
All Bridgeが伴走支援を行った味の素株式会社 NBD.com様の事例では、事業本部が推進する社内新規事業プロジェクトの中で、「数字で語る」ことが当たり前になっていきました。プロジェクトに参加された武井様は「新規事業の数字と既存事業の数字、そして全体計画の中で何パーセント埋められるか。そういう話になったので、チーム間のディスカッションもとてもスムーズになりました。」と振り返っています。
新規事業が全体計画の中でどれだけの役割を担うのかを共通の言葉で語れると、既存事業との議論も進めやすくなります。方針シートの期待値は、そうした共通の言葉の土台になります。
よくある質問
新規事業の目的とテーマは何が違いますか
目的は、会社がなぜ新規事業に取り組むのかという理由で、経営が決めるものです。テーマは、その目的に沿って、どの顧客のどの課題に取り組むかという具体的な中身で、顧客に会って確かめながら現場が選ぶものです。目的が決まっていれば、テーマを選ぶときの物差しがはっきりし、審査で評価の軸がぶれにくくなります。順番としては、目的を先に決め、テーマはその後に選びます。
目的を1つに絞ると、可能性を狭めてしまいませんか
1つに絞るのは、ほかの目的を捨てることではなく、迷ったときの優先順位を決めることです。主の目的を1つ置き、ほかは従の目的として書き分ければ、複数の狙いを残したまま判断の軸をそろえられます。可能性を狭めるのはむしろ、目的が決まらず、審査のたびに評価の軸が変わって案が通らない状態のほうです。
経営陣の間で目的の意見が割れたら、どうすればよいですか
割れたまま現場に案を求めるのではなく、まず意見が割れていることを経営会議で確かめます。そのうえで、それぞれの目的を選んだ場合に、求める規模や待つ年数、評価のしかたがどう変わるかを並べて比べると、論点がはっきりします。それでも決まらない場合は、期限を区切ってどちらかを試し、見直しの時点で改めて判断するという決め方もあります。
まとめ
新規事業が「何を目指すか決まっていない」状態で止まるのは、現場の能力ではなく、経営が先に決めるべき枠が置かれていないことに原因があります。経営が決めるのは、目的、探索領域、期待値と期限の3点です。目的は1つを主に絞り、探索領域は既存事業からの距離と探さない範囲で描き、期待値は最終の姿と途中の関門に分け、待つ年数と撤退の条件も同じ紙に書きます。
これらを1枚の方針シートにまとめて経営会議で合意し、審査や投資判断のたびに立ち返ることで、現場は枠の中で安心して深く探れるようになります。次回以降は、この枠をもとに、評価や審査、承認の仕組みをどう整えるかを扱います。