新規事業の人材確保は、採用や抜擢の前に「手を挙げても損をしない」「兼務でも時間が守られる」条件を会社が先に約束すると進みやすくなります。優秀な人が来ない、兼務で回らないという悩みの多くは、本人の意欲や能力ではなく、評価・時間・戻る先が決まっていないことから生まれているためです。
この記事は新規事業制度を決める立場の方向けです。新規事業に人を出す、人を集めるという判断をする人事部長、事業部長、取締役の方に向けて、人が来ない・抜けない理由と、人事と事業部で合意しておくべき項目を整理します。
本記事は、連載「新規事業が止まる9つの構造」の4回目です。連載では、新規事業が止まる原因を、①何を目指すか決まっていない、②経営の本気と現場がずれる、③既存事業の物差しで評価する、④優秀な人が来ない・兼務で回らない、⑤既存事業部が協力しない、⑥承認・調整で力尽きる、⑦型が無く個人任せ、⑧顧客を確かめずに作る、⑨関門が事業化につながらない、の9つの構造に分けて扱っています。いずれも担当者の努力不足ではなく、制度や進め方の側で手当てできるものです。今回は④「優秀な人が来ない・兼務で回らない」を取り上げます。体制の型・選抜基準・育成は別の記事に譲り、「来ない・抜けない」への手当てに絞ります。
新規事業の人材確保が難しい理由|「来ない」と「抜けない」は別の問題
人材確保の悩みには、適任者が手を挙げない「来ない」問題と、任命しても既存業務から「抜けない」問題の2つが重なっています。
新規事業の人材確保とは何を決めることか
新規事業の人材確保とは、事業を進める人を集めることに加えて、その人が新規事業に使える時間と、挑戦した後の処遇を会社として用意することを指します。人を割り当てても、時間と処遇が伴わなければ、確保できたとは言えません。
集める手段には、指名、社内公募、外部からの採用や業務委託があります。本記事では社内の人材を中心に扱い、外部人材は足りない部分を補う手段として位置づけます。
担当者が抱える大きな課題は「人材の確保」
新規事業の担当者が抱える組織の課題として、人材の確保は、知識やノウハウの不足と並んで大きなものです。
新しいビジネスのアイデアを形にできる人を確保できている会社は、多くありません。一方で、そうした人を確保できるかどうかは、新規事業の成否と強く結びつく要因の一つです。
来ない理由・抜けない理由は制度の側にある
人が集まらないとき、「社内に優秀な人がいない」と人の側に原因を求めがちです。しかし既存事業で成果を出している人が、新規事業には手を挙げないことがあります。その差を生むのは、多くの場合、新規事業に移ることで本人が負う損と、時間の扱いです。
裏返すと、人材確保は人事や経営が制度で手当てできる課題です。以下では、来ない構造と抜けない構造を順に見たうえで、決裁者が決める打ち手を整理します。
優秀な人が来ない構造|手を挙げると損をする3つの理由
既存事業で評価されている人ほど、新規事業に移ることで失うものが大きくなります。手を挙げない判断は、本人にとって合理的であることが少なくありません。
失敗が評価に響く
新規事業は成果が出るまでに時間がかかり、撤退も珍しくありません。既存事業と同じ物差しで評価されると、挑戦した期間がそのまま低い評価として残ります。
成果だけでなく、検証の進め方や学びも評価する仕組みを持つ会社は、まだ多くありません。評価の設計そのものは連載の③で扱いますが、人材確保の面でも、評価の扱いを先に示すことが出発点になります。考え方は新規事業の評価制度|既存の物差しが合わない理由とフェーズ別の設計手順でも解説しています。
戻る先が見えない
撤退した場合や事業化して担当を離れる場合に、どこに戻るのかが見えないことも、手を挙げにくくする理由です。元の部署に席が残るのか、昇進の順番はどうなるのかが分からないまま、数年単位の挑戦に踏み出すのは負担が大きいものです。
製造業の技術者であれば、専門分野から離れて専門家としての立場を失う不安もあります。戻る先が約束されていないこと自体が、挑戦を控えさせます。
上司が手放さない
本人に意欲があっても、上司が送り出したがらないことがあります。優秀な人ほど既存事業の成果を支えており、部署の評価が既存事業の数字だけで決まっていれば、上司に人を出す理由はありません。
社内公募でも、応募に上司の了承が必要で話を切り出せない、といった事情で応募が伸びないことがあります。送り出す側の損を手当てしない限り、適任者は表に出てきません。
兼務で回らない構造|新規事業の時間が守られない理由
人を割り当てた後に起きるのが、兼務で新規事業が後回しになる問題です。兼務そのものは悪い選択ではありませんが、時間の扱いを決めないまま始めると、既存業務に押し出されていきます。
大きな会社ほど兼務が標準になっている
新規事業の担当者は、既存の業務と兼務していることが少なくありません。特に従業員の多い会社では、新規事業を兼務で進める形が標準になっています。
兼務には既存事業の知見や人脈を持ち込める利点もあります。専任と兼務のどちらを選ぶかは新規事業の組織・体制|専任と兼務の選び方とレポートライン設計で解説しています。本記事で扱うのは、兼務を選んだ後に時間が守られない問題です。
既存業務の比率が高いまま進む
兼務している人の多くは、既存業務を主にしながら、その合間に新規事業を進めています。新規事業に時間の大半を充てられる人は限られます。
既存業務には納期や顧客があり、遅れればすぐに問題になります。新規事業の作業は遅れても目の前で困る人がいないため、忙しくなるほど後回しにされ、検証の間隔が空いて学びの速度も落ちます。
既存業務を引き取る人が決まっていない
兼務で回らない会社に共通するのは、新規事業に割く時間の分の既存業務を誰が引き取るのかが決まっておらず、新規事業が上乗せされていることです。
引き取る人が決まらないまま始めると、プロジェクトは人手が足りない状態になりやすく、主要メンバーが休みなく働く、残業で乗り切るといった形で穴を埋めることになります。担当者の頑張りで穴を埋める形は長く続きません。担当者が消耗しない仕組みは新規事業のモチベーション維持|担当者が消耗しない仕組みの作り方でも扱っています。
打ち手1:選び方を決める|指名と公募の使い分け
人の集め方には、会社が指名する方法と、社内公募で手を挙げてもらう方法があります。どちらが正しいかではなく、目的で使い分け、その条件を決裁者が先に決めておくことが大切です。
指名と社内公募の違い
指名は、会社が必要な役割と人を決めて任命する方法です。社内公募は、会社が役割や条件を示し、社員が自ら応募する方法です。違いを表にまとめます。
| 項目 | 指名 | 社内公募 |
|---|---|---|
| 向く場面 | 中核の推進役、特定の技術が欠かせない役割 | 意欲を広く集めたい段階、チームの増員 |
| 強み | 必要な人を必要な時期に割り当てられる | 意欲の高い人が集まりやすい |
| 起きやすい問題 | 本人の意欲が伴わない、上司が手放さない | 応募が集まらない、適任者が手を挙げない |
| 先に決めること | 選んだ理由、期間、終了後の扱い | 時間の割合、評価の扱い、戻る先、応募の手順 |
多くの会社では、新規事業の担当は会社からの指名で決まり、自ら希望して就く人は少数です。指名は必要な人を確実に割り当てられる一方、本人が望んで就いたわけではないため、意欲が伴わないまま進むこともあります。自ら手を挙げた人は事業に思い入れを持って取り組めるため、周囲から評価される働きにつながりやすくなります。
社内公募を形だけにしない条件
応募が集まらない場合、多くは前の章で見た3つの損が手当てされていません。案内に役割と期間に加えて、時間の割合、評価の扱い、終了後の戻り方を書くと、応募する側が判断できるようになります。
応募に上司の了承を必須にすると、上司が手放さない問題がそのまま壁になります。応募は人事に直接でき、選考後に人事が所属部署と調整する順番にしておくと応募しやすくなります。選考の基準は新規事業に求められる人材要件|選抜基準の作り方と見極め方で解説しています。
指名するなら理由と期間を伝える
指名する場合も、選んだ理由、想定する期間、終わった後の扱いを任命の時点で伝えると、本人が腹を決めやすくなります。
中核の1〜2名を指名し、残りを公募で募る併用も考えられます。任命後の育て方まで見通しておくと、人が入れ替わっても続けやすくなります。育成については新規事業の人材育成とは?求められるスキルと社内で育てる実践方法をご覧ください。
打ち手2:時間と戻る先を約束する|兼務の時間保証と復帰の取り決め
選び方を決めても、時間と処遇の約束がなければ、来た人も続きません。兼務の時間と、戻る先・評価の扱いを先に決めます。
兼務の時間は割合で決めて書面に残す
兼務の時間は「できる範囲で」ではなく、週の何割、あるいは週何日と数字で決めます。例えば「週2日は新規事業に充てる」と決めれば、本人も上司も、その日に既存業務の会議を入れないといった調整ができます。割合は会社や事業の段階によって異なりますが、数字で決め、本人・上司・推進室の三者で共有することが大切です。
決めた割合は辞令や業務分担の書面に残し、四半期ごとに実際に使えた時間を振り返ります。口頭の合意だけでは、既存業務が忙しくなったときに守られません。
既存業務の引き取り先を先に決める
割合と同時に、その分の既存業務を誰が引き取るのかを決めます。分担の変更、欠員の補充、業務の取りやめなど、手段を具体的に決めないと、割合は名目だけになります。
このとき、送り出す部署の目標も見直します。人を出した分だけ部署の目標を調整しなければ、上司は既存業務を優先せざるを得ません。人を送り出したことを、送り出した部署の評価で認める仕組みがあると、上司が人を出しやすくなります。
戻る先と評価の扱いを先に決める
新規事業に参加する時点で、終了後に戻る先を決めておきます。元の部署に戻る、希望する部署に移れる、事業化した場合はその事業に残れるなど、選択肢と条件を示します。撤退した場合でも戻る先と処遇が変わらないことを明確にしておくと、挑戦の損が小さくなります。
評価についても、参加している期間は成果だけでなく、検証の進め方や得られた学びを評価に含めることを、人事と合意しておきます。撤退を失敗ではなく、早く見切った判断として扱えるかどうかで、次に手を挙げる人の数が変わります。
決裁者が決めること|人事と事業部で合意する5つの項目
ここまでの打ち手は、担当者や推進室の努力だけでは実現できません。人事と事業部、そして決裁者が合意して初めて機能します。
人事と事業部で合意する判断表
次の5項目を、人を募る前に決めておきます。決める人は一例です。
| 項目 | 決めること | 決める人の例 | 決めないと起きること |
|---|---|---|---|
| 1 選び方 | 指名・公募・併用、応募の手順 | 人事部長・推進室長 | 応募がない、意欲の伴わない人だけが集まる |
| 2 時間の割合 | 週何割(何日)を新規事業に充てるか | 事業部長・推進室長 | 新規事業が既存業務に押し出される |
| 3 既存業務の引き取り | 分担の変更・補充・取りやめ、送り出す部署の目標 | 事業部長 | 業務が上乗せになり担当者が消耗する |
| 4 戻る先 | 終了・撤退・事業化それぞれの行き先 | 人事部長 | 挑戦を控える人が増える |
| 5 評価の扱い | 参加期間の評価基準、送り出した部署の評価 | 人事部長・取締役 | 次に手を挙げる人がいなくなる |
人事部が新規事業に関わり、評価や異動の扱いを一緒に決めると、新規事業は進めやすくなります。人材確保を推進室だけの仕事にしないことが重要です。
社内で足りない分は外部で補う
社内の人だけでは、特定の専門性が足りないこともあります。とくに不足しやすいのは、エンジニアやデザイナーなど専門性が必要な人材です。
こうした不足は、外部からの採用や業務委託、伴走支援で補えます。ただし中心まで外部に任せると知見が社内に残りません。中心の人は社内で確保し、足りない専門性は期間を区切って外から補う、という線引きを決めておきます。
事例:人が替わっても続く仕組みをつくった取り組み
All Bridgeが支援した味の素株式会社 バイオ&ファインケミカル事業本部様の事例では、新規事業が個人の勢いや想いに頼っていると、その人が異動などで離れたときに取り組みが途絶えてしまう、という問題意識から、社内新規事業の「プレイブック」を共に作り上げました。
取り組みを立ち上げた方は、当時の問題意識を「失敗の確率が高いがゆえに、その挑戦が評価では重視されにくい。だから、どうしても個人任せになってしまう」と振り返っています。プレイブックによって、初めて取り組む人に道筋を示し、経験者の知見を後進に伝えられるようになりました。人が入れ替わっても続く形を整えることも、人材確保の一部です。
よくある質問
兼務の場合、新規事業に充てる時間は週何割が目安ですか
一律の正解はなく、事業の段階で変わります。顧客への聞き取りや検証には、細切れの時間よりまとまった日のほうが進めやすくなります。例えば週1日から始め、検証が進むにつれて割合を上げ、事業化の見込みが立った段階で専任に切り替える設計が考えられます。大切なのは、数字で決めて書面に残し、守られているかを定期的に確かめることです。
社内公募をしても応募が集まらないときはどうすればよいですか
応募が少ないのは、意欲のある人がいないからとは限りません。まず、案内に時間の割合・評価の扱い・戻る先が書かれているか、応募に上司の了承が必要になっていないかを確かめます。条件を整えたうえで、担当役員や推進室長が新規事業の狙いを自分の言葉で説明する場を設けると、応募する側が判断しやすくなります。
外部から即戦力を採用すれば解決しますか
外部からの採用は不足する専門性を補う有効な手段ですが、それだけで解決するとは限りません。既存事業部の協力を得るには、社内の事情に通じた人が中心にいるほうが調整が進みます。採用した人も、時間や評価で同じ問題に突き当たれば定着しにくくなります。採用と並行して、時間の割合・戻る先・評価の扱いを整えることが前提です。
まとめ
新規事業に優秀な人が来ないのは、失敗が評価に響く、戻る先が見えない、上司が手放さないという、手を挙げると損をする構造があるためです。兼務で回らないのは、時間の割合と既存業務の引き取り先が決まっていないためです。どちらも本人の意欲の問題ではなく、制度の側で手当てできます。
決裁者が決めるのは、選び方、時間の割合、既存業務の引き取り、戻る先、評価の扱いの5つです。人事と事業部がこれらを新規事業の開始前に合意しておくことで、適任者が手を挙げやすくなり、任命した人が新規事業に時間を使えるようになります。まずは自社でこの5項目がどこまで決まっているかを確かめるところから始めてみてください。